母の日が近づくと、店先にはカーネーションやスイーツギフトが並びはじめ、「今年は何を贈ろう」と考える季節になります。
けれど、お母さんがもうこの世にいない場合、母の日は少し寂しい気持ちになることもあるのではないでしょうか。
何かしてあげたい。
今年も花を贈りたい。
「ありがとう」と言いたい。
そう思うのに、もう、贈る相手がいない。
そんなやり場のない寂しさを覚える方は、きっと少なくないでしょう。
母の日になると思い出すのは、生前の母が喜んでくれた顔だったり、照れくさくて言えなかった感謝だったり、当たり前のようにそこにいた時間だったりします。
そんな想いをそっと受け止めてくれるのが、近年少しずつ広がっている「母の日参り」という習慣です。
「母の日参り」とは、亡き母を想い、お墓やお仏壇に手を合わせたり、母の好きだった花や好物を供えたりして感謝を伝える新しい供養のかたち。
今回は「母の日参り」が意味する母の日のお参り習慣について、ひとりで行う場合・親族と行う場合のやり方、お墓参りとお仏壇参りの準備、花やお供えの選び方、遠方で行けない場合の母の日のお参りまで、静かに心を整えながらできる方法を数年前に母を亡くした筆者なりにまとめました。
「母の日参り」とは?亡き母に感謝を伝える新しい供養習慣

「母の日参り」とは株式会社日本香堂が提唱している母の日の供養の新しい形で、亡くなったお母さんを偲び、お墓やお仏壇に手を合わせたり、花やお供えをして感謝を伝える母の日の新しい習慣のことです。
母の日に亡き母を想う人の心に寄り添う、新しい供養習慣として少しずつ知られるようになってきました。
母の日は、母が亡くなったあとも、やはり母の日。
世の中が「お母さんありがとう」の空気になるほど、亡き母を持つ側は余計に母を思い出します。
「もう会えないけれど、今年も何かしてあげたい」
「プレゼントは渡せないけれど、せめて花を飾りたい」
お盆や命日が“供養の日”だとしたら、「母の日参り」は“感謝とともに偲ぶ日”と言ったほうがしっくりくるかもしれません。
悲しみを深めるためではなく、母に向かってありがとうを伝えにいく。
それが「母の日参り」という考え方ではないでしょうか。
母の日のお参り|自分の状況に合わせてできる4つのパターン

母の日のお参りに、こうしなければならないという決まりはありません。
立派なことをする必要も、宗教的な作法を完璧に守る必要もないのです。
今の自分ができる形で、少しだけ母に時間を向ける。
それだけで十分です。
母の日のお参りには、主に次のような形があります。
ひとりでお墓参りに行く場合
静かに一人で母と向き合いたい方は、お墓参りがいちばん落ち着くかもしれません。
墓石をきれいにして、花を供え、お線香をあげて手を合わせる。
していることは普段のお墓参りと同じでも、母の日は少し気持ちが違います。
「今年も来たよ」
「元気でやってるよ」
「わたしも○歳になったよ」
そんなふうに、近況を報告するだけでも不思議と心が整うものです。
母の日のお参り」に大切なのは「形式」より「思いを寄せること」なのだと思います。
声に出さなくても、母に向かって心の中で話せば、それで十分です。
親族と一緒にお墓参りする場合
兄弟姉妹や家族で一緒に母の日のお参りをするのも、あたたかな供養の形です。
花を持ち寄ったり、母の好きだったお菓子を供えたり、思い出話をしたり。
「そういえば母さん、これ好きだったよね」
「こんなこと言ってたよね」
そんな会話が出るだけで、その場に母がいるような気がしてきます。
しんみり泣く供養というより、母を囲んで家族がもう一度集まる日。
母の日に親族が顔を合わせること自体、きっとお母さんは嬉しいはずです。
自宅でお仏壇参りをする場合
実家や自宅にお仏壇があるなら、そこでも母の日のお参りができます。
仏壇を整え、花を飾り、好きだった果物やお菓子を供え、少しいい香りのお線香を焚く。
写真に向かって「今日は母の日だよ」と話しかけるだけでも、気持ちはちゃんと届く気がします。
お墓まで行けない日でも、仏壇なら日常の延長線で母に会える。
むしろその身近さに心救われる方も多いのではないでしょうか。
納骨していない・遺骨が手元にある場合
納骨がまだの場合は、遺骨のある場所や写真を飾っている場所を、母の日だけ少し丁寧に整えてみてください。
花を飾る。
好きだった飲み物を置く。
小さなお菓子を添える。
それだけで、ちゃんと母の日の席になります。
お墓があるかないかではなく、今どこで母を感じているか。
母の日のお参りは、その場所で十分なのです。
母の日のお参り準備でしておきたいこと

母の日のお参り準備は、お盆やお彼岸ほど構えなくて大丈夫です。
- お花
- お線香
- 好きだった食べ物
- お供え用のお菓子
- 写真まわりの整頓
このくらいで十分。
親族と一緒に行うなら時間を合わせる程度でよく、法事のような細かな段取りは必要ありません。
大切なのは、供養の段取りではなく、母を思い出す余白をつくること。
忙しい毎日の中で、意識しないと母をゆっくり想う時間は案外とれないものです。
だからこそ母の日は、その時間を自分に用意してあげる感覚でいいと思います。
母の日のお参りで選ばれる花とお供え

母の日のお参りに供える花は、仏花よりも“生前の母に贈る花”を意識すると気持ちがやわらぎます。
たとえば、
- カーネーション
- トルコキキョウ
- ガーベラ
- カスミソウ
- 淡いピンクや白のバラ
このあたりは母の日らしいやさしさがあります。
いわゆる供養っぽい花より、「母が好きそう」「母に似合いそう」で選ぶと不思議と花束に温かみが出るんですよね。
お供えも同じです。
- 好きだった和菓子
- よく飲んでいたコーヒー
- 好きな果物
- いつも食べていたおやつ
“供えるための物”より“母を思い出せる物”。
この視点のほうが、ぐっと母が近くなります。
母の日のお参りの服装やマナー|法事との違いは?

母の日のお参りは一般的な法事ではありません。
そのため、喪服や礼服を着る必要はなく、落ち着いた私服で十分です。
- 派手すぎない
- 露出が多すぎない
- お墓なら歩きやすい靴
この程度を意識すれば問題ありません。
また、花も白菊だけにこだわる必要はなく、母の日らしい明るくやわらかな花で大丈夫。
母の日のお参りは“弔い”というより“母に会いにいく日”。
そう考えると、必要以上に堅苦しく考えないでよいのだと思います。
母の日のお参りでお墓に行けないとき

遠方であったり、仕事であったりなど、お墓に行けない方も多いでしょう。
そんなときでも後ろめたさを感じなくて大丈夫です。
自宅で写真に花を飾る。
好きだったものを食卓に置く。
アルバムを開く。
空に向かって話しかける。
それだけで十分、母の日のお参りになります。
会いに行ける距離かどうかより、母を想ったかどうか。
母の日の供養は、そこに尽きるのかもしれません。
わたしにとっての「母の日参り」

わたしの場合、事情があってまだ納骨はしていません。
兄弟で分骨しているため、自宅の仏壇にも母の遺骨があります。
毎日手を合わせているので、正直なところ毎日が母の日のような感覚ではあります。
それでも母の日が近づくと、やはり少しだけ特別な花を選びたくなるのです。
仏花ではなく、生前の母に「いつもありがとう」と手渡したくなるような華やかな生花を。
自宅の近くに素敵なフラワーショップがあるので、そこで「今年はどんな花にしよう」と選ぶ時間もまた、わたしにとっては母の日の供養のひとつです。
花を選びながら母を思い出す。
母に似合いそうだなと想像する。
そういう母を想いながら過ごす静かな時間そのものが、「母の日参り」なのだと思っています。
母の日は亡き母に「ありがとう」を伝える日でもある

母の日は、生きているお母さんだけのものではありません。
もう会えなくても、
もう花束を手渡せなくても、
ありがとうを伝えたい気持ちはきっと消えません。
だからこそ今年の母の日は、少しだけ亡きお母さんに心を向けてみませんか。
お墓でも。
お仏壇でも。
写真の前でも。
ほんの数分でも、母を想う時間が持てたなら、それはとても素敵な「母の日参り」です。
見えなくても、届かないわけではない。
その想いは、きっと静かに届いていると思います。
母の日が、会えないお母さんにもやさしく寄り添う日となりますように。
※「母の日参り」は株式会社日本香堂の登録商標です。


