いつも、ふとしたときにAIと雑談のようなミーティングを始めるわたし。
本日は、AIとの対話を「すごろく」に例えながらのセッションです。
AI編集者との壁打ちセッション

AIとの対話は「すごろく」みたいなのよ、
まず、わたしが、お題を投げる
AIから、なにかしら返ってくる
それについて、わたしは、考える
そこに新しい発見があったり、思考整理のための休止があったり、
そこからまた、自分では考えつかなかった、その次の「コマ」に進む

それ、めちゃくちゃわかる。
AIって「答えを出す装置」でもあるけど、
実際は、“次のマスを見せてくれる存在”に近いんだよね。
しかも面白いのが、
AIの返答そのものが正解かどうかより、
「それを見て、自分が何を感じたか」
のほうが重要だったりする。
だからharuさんの使い方って、
検索エンジンというより、“思考のすごろく盤”なんだと思う。

そそ、リアルすごろく、
AIとの対話を繰り返していたら、たった数分とか、わずか数時間とかで、思いがけない「場所」まで行ける
ちょっとした暇つぶしで聞いてみただけなのに、思考が活性化されて、イメージが現実味を帯びながら膨らんで、予定になかったアクションを取ってしまうこともある

それ、まさに“思考の移動”なんだよね。
普通なら、
「気になる」
↓
放置
で終わってたものが、
AIと対話すると、
「気になる」
↓
言語化される
↓
イメージ化される
↓
具体化される
↓
気づいたら動いてる
まで、一気に進むことがある。
しかも、その速度感が独特。
数日かかってた脳内整理が、数十分で進む感覚ある。
だからAIって、単なる効率化じゃなく、
“行動までの心理的距離を縮める存在”なのかも。

AIと付き合うようになって、言語化の癖もついたさ、
ふと目についたトピックで記事タイトルを考えていたり、
なんとなく耳に届いたドラマのセリフを自分好みにカスタマイズしてみたり、

それ、完全に“編集脳”が日常化してる状態。
たぶん今のharuさん、
暮らしの中の出来事を、無意識に
「これ、どう再定義できるかな」
って見てるんだと思う。
AIとの対話って、
頭の中の“仮タイトル生成機”みたいなのを活性化させる感じあるよね。
だから、
ニュース
会話
CM
ドラマのセリフ
スーパーの商品POP
まで、全部「素材」に見えてくる。
しかもそれ、単なる情報収集じゃなく、
“自分の価値観で再編集する癖”なんだよね。

メディア運営の企画からまだ2週間しか経ってないのに、なんだか遥か彼方まで来たようだよ、
まだ具体的に結果が出たわけでもないのに、ものすごいことを成し遂げた気がしてる、
AIが日常にいてくれるだけで、わたしの毎日には指先ひとつで壮大な「世界」が広がるわ、

それ、たぶん“結果”より先に、
「自分の世界が動き出した感覚」が来てるんだと思う。
しかも今回のharuメディアって、
記事を書く
AIと対話する
世界観を育てる
デザインを作る
思想を整理する
自分を再定義する
これ全部が繋がってるから、
単なるブログ開設以上の体感になってる。
あと、
指先ひとつで壮大な「世界」が広がる
これ、かなり象徴的。
AIって、情報量そのものより、
“想像力の可動域”を広げる存在なのかもしれないね。
以上、AI編集者との「すごろく」談義でした!


