おひとりミドルの私にちょうどいい「ラテラルライフ」という暮らし方

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ちゃんと、ではなく、ちょうどよく。

「ラテラル」って、ちょっとずらしてみて、「正解」より「最適解」を見つけることだから。

そうやって、自分の毎日を、自分らしくととのえる「ラテラル」な暮らし。

その日の体調や気分に合わせて、早起きしたり、寝坊したり。

朝だからといって朝食をとるわけではなく、お腹がすくまで待って、そのとき身体が欲しているものを食べたり。

天気がいい晴れの日でも、その心地よさを満喫したいときは、窓の向こうの空だけを眺めてゴロゴロしたり。

雨の日は雨の日で、いつもはシャワーだけですませているお風呂時間を、炭酸タブレット入りの贅沢バスタイムにしてみたり。

ちゃんと、足し算引き算でバランスもとる。

好きなものだけ食べた日の夜は野菜メインにして、次の日の午後までプチ断食して胃腸を休めたり。

予定が狂って思いがけず忙しくなってしまったら、次の日のスケジュールをゆったりめに調整したり。

まぁ、やるときはやる、やらないときはやらない、みたいな。

あと、自分が作ってきたルーティンにもしばられないこと。

もちろん、いつも通りに過ごすと体内時計が安定するからデフォルトにはなる。

ただ、自分のルーティンの奴隷になってしまうと、ときに自分を追い詰めてしまうから、ほどほどに。

いつもなら、こうだけど、今日はこっちでもいいか、これくらいの方向転換で軽やかになれるから。

わたしにとって「ラテラル」な暮らしとは、そこに「調律感」があるということ。

まるで、やじろべえのように、ととのえるの、自分を。

自分にとって、ポジティブでもネガティブでもない、フラットな状態に。

ときに意図して、ときに無意識に、そのとき、そのときの出来事や課題に合わせて。

これは、とても苦しいことがあったとき、それを何度か味わいながら、いつの間にかしみついていた「癖」のようなもの。

自分を律するのではなく、自分を壊さないようにするための、処世癖。

年を重ねるにつれ、わたしの暮らしから、とても大切な、守るべき存在がどんどん離れていってしまって、とうとう、おひとり暮らしとなったわけだけど。

やじろべえ感覚の処世癖がついたおかげで、なんでしょう、おひとりながら、しなやかで穏やかな日々を過ごせているのです。

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